おじさんのコマ切れ日記

序に代えて・・・なぜか、おじさん忙しいんです。愚痴かなぁ?「加齢」でのろくなったに気が付かないだけさ」なんてことですかね。ともかく思い出すだけ記録してみますね。
久しぶり自然学校出勤2009年9月7〜8日
宮崎、大阪、熱海、岩手と立て続けに旅行して、打ち合わせあり宴会ありインフルとのニアミスありののち兵庫に帰ってきました。久しぶりの自然学校です。
 初夏のインフルエンザの閉校期間の代わりで実施した学校の退校式の打ち合わせの子達。
 入れ替わりで入校する中規模校の入校式
校歌を歌って校旗掲揚
 春に生まれた鹿の赤ちゃんと母親。自然学校の建物の近くで生んだ所為か人々をほとんど恐れません。
秋の準備、2009年8月20日
 地球温暖化だか、長すぎる梅雨だか、短い夏だか、とにかく8月も下旬、自然学校の朝来山ももう秋の準備です。チョッと簡単に一回りしてみましょうか。
 この頃どんぐりの観察サボっていました。手前のは露出オーバー・奥の二つはアンダーですね。
 栗はよく生っている樹とそうでない樹があります。
 大きい樹に小さい実がたくさん生っています。春は真っ白い花が実と同じようにぶら下がってユーモラスです。
 秋が本格化すると柿が赤くなって、ホントの秋色になりますが・・・
 こちらの柿は小さい実しか生らず、多分野性の柿なのでしょう。それよりも、この夏季は雄花が咲くんです。
 紅葉の実もこんなに膨らんでいます。
 こちらは同じ樹なのに、葉と身の色が逆です。
 棗(なつめ)はこの樹は豊作です。「らしい」形をしていますね。
 桜の枝、ここに見えるのはまだ花芽ではありません。
 桜の枝が一本紅葉しています。一本の樹でも調子の悪い枝が先に紅葉するみたい。
 チョッと早すぎ?樹が丸ごと紅葉しちゃった桜の樹
 椿の花芽、
 は、枝になる芽はこんなにチッチャイのです。
 これはかなり膨らんでいます。
紅葉が花盛り(近し)
 南但馬自然学校(朝来山の斜面)に咲いている紅葉の花です。この中に雌花があって、秋になるとあの羽の生えた実がなるんです。
こんな小さな花なら一輪でなくとも一厘でいいのでは?なんて思ってしまいますね。でもきれいでしょ。
よく開いた花
たくさん写っている実についた羽のように見えるのはつぼみを包んでいたさやが開いてそのままくっついているなれの果て(にしてはきれい)。
こんな感じです。

2009年3月19日向井正さん最終講義
 向井さんって学生時代から知っているんです。向こうの奥方が京大宇宙の学生さんで、ご主人は物理、奥方の方とは結構仲良しで京大に講義に行ったときにみんなと食事に行ったり・・・
 そのあとお二人で金沢に行かれましたが、それも金沢に講義に呼んでいただいたり・・・で続いていました。西はりま天文台に入り浸るようになってからは今度はご主人の方に運営協議員会に入っていただき、まぁとにかくそんなお付き合いです。
 会場は神戸大学100年記念館、JR六甲道からのタクシーはすぐに山を上り始めます。
 大学が近くなるともうこんな道です。
 講堂の前で向井夫人ご一行とばったりお会いしてお嬢さん(お会いするのは初めてですが、何かと話題に上るのか、「マキちゃんあの森本さんよ」なんて紹介されて)光栄の記念写真です。
 神戸市街を一気に見下ろして。
 講堂内には皆さんご入場始めておられます
 いよいよ始まり
 いろんなスライドを交えて、仮説を立てて研究を進める、という観点を強調されました。
 鹿大水産学部練習船、これに乗り込んで日食の観測するんだって。
 これは研究室での送別会の写真です。黒いセーターで、お花を持っている学生さんと隣で話を聞きました。他にもたくさんスライドがありそれぞれに話をうまく引き立てたりはずしたりしていました。
 済んだら神戸の中心部近く(新神戸のチョッと上)にきて「酒と料理を楽しむ会」です。なんと、おじさんは乾杯の音頭を頼んでいただきました。光栄!(どんな話をしたって?知ぃ〜らない)
 コントラバスの独奏もありました。アンコールにはご自分の作曲、日本のお囃子(?)から取ったメロディーで曲が流れました。
 お別れにもう1枚。
 最後のご挨拶はお二人で。


この頃の献立2009年始めに考えたこと。
 昔は「今日の献立」というページがあって、それがおじさんのホームページの人気だったのです。毎朝見てはその日の献立を考える方もありました。なぜって、おじさん兵庫に来る前、三鷹、野辺山、鹿児島って、いつも職住超接近、特に前二っつでは「スープが冷めない距離」でした。観測のときの炊き出しまでしたりだったんです。
 鹿児島でも、学生さんたちが日常茶飯事のごとく、そして東京などからのお客さんが学生さんたちに誘われるまんまにうちにきて食べていました。おじさんの「今日の献立」はその延長みたいに皆さんに親しまれていたのでしょう。
 兵庫に来てからは職住超隔離、みんなも車で通勤、お客が来るのも少なくなりました。、その埋め合わせみたいに、このページが運用できていましたが、それでも一人で食べるのが10年にもなると、食事のレパートリーも狭くなってきます。特に、最近、だんだんに食が細くなり、外食すると体重が増えるようになり、その埋め合わせに家での食事を細くすると、益々レパートリーが狭くなっていくのです。まァ、こんな具合です。これでは皆さまから「待ち遠しい」と思っていただく献立ではないではありませんか。
 1月7日、東京から帰って3日めの朝食、前日は自然学校、適当に帰ってきて、今日も明日も外出なしの朝です。左からもやしと豚バラの炒め、三色スティック、白菜の醤油圧し浅漬けこれでも、東京に1週間あまり滞在、毎食楽しんで増えた4kgを戻すには何日も掛かります。
 こんなことをして結構楽しんではいますがね。
1月8日朝食です。菜っ葉と蓮根とねぎ、炒め、と豆腐、若芽、菜っ葉(左の小松菜の中心の若い葉っぱだけをもらって)おつゆ。おいしそうでしょ。
1月8日昼、肉、ねぎ、燃やし、菜っ葉で汁うどん、プラスはくさい醤油圧し。
 左は汁うどんと大根、お豆腐、右は小松菜の若い葉、若芽、お味噌で、煮え立った左を掛けて味噌仕立ての汁うどんで食べる。
 付け合せに野菜炒め、キャベツに小松菜。
 結局こんな感じです。
 夜は鯵の刺身と小さなグラスで焼酎でした。
 おじさんの食事、ワンパターンじゃないですか?皿数が少ないのはいいし、でも、基本は野菜炒めと汁、時々ご飯や魚がつく、そんな程度です。それでもおじさん満足している、というか、各食、おいしいんです。
 もう一つ問題は、炭水化物(って言うのでしょうか?お米やうどん、それにアルコールにお菓子)などがチョッと多いと体重が増え始めます。毎食食べるご飯は50〜100gくらいです。味付けが違うためか、外食時はご飯をたくさん食べてしまいます。そして体重が増えます。
 外食時に増えた体重は1週間くらい家で食べる日が続けば戻りますが、3週間ペルー旅行とか、今日は鹿児島明日はどこなんて生活が続けば戻りにくくなります。勿論「食べる」を優先していますが・・・・・・・

2009年1月15日但馬は大雪です
椿もけなげに耐えています
竹田城跡
風が強くて雲はどんどん動きます。そこで柿が誇らしげに雪を払います、


明けましておめでとうございます。2009年元旦
おじさんの年末年始日記 東京は中野の森本家で主人と二人で過ごしました
 26日、自然学校の仕事納め、一日姫路で過ごして、28日に東京に行きました。東京の家は今のところ主人の一人暮らしですが、森本家の人間が上京するたんびに滞在するので、結構にぎやかです。28日朝の姫路はよく晴れていて、普段はかすかにしか見えない小豆島がくっきりと浮かび上がっていました。朝焼けの蜘蛛は小豆島の向こう側です。
 東京の家では29日はなんとなくゴロゴロして過ぎましたが、30日には弟が練馬に家を建てているので「その現場を見てこよう」、ということになり(これがその後の東京生活の原点になっ茶いました)チョッとバスに乗ってからぶらぶら歩いて、見てきました。これだけではどんな豪勢な家かわかりませんが、結構立派な家です。
 近くを探検すると、公園やら色々ありましたが、ここではお蕎麦屋さんを紹介します。
 太くて歯ごたえ、ざらざらの食感、いわゆる「田舎そば」なんかもありました。
 蕎麦湯がこんな容れものに入って。
 31日は東京森本家恒例のパーティーです。といっても、数年前までは20人近く集まっていたのですが、東京の人口が減って、こんな人数です。弟の家が建つと、長男一家も合流して、大きなセンターになり、地図も様変わりするでしょう。
 おじさん、ネクタイだってあるのに、着替えるの忘れちゃってパジャマとガウンです。といっても、午前中に荻窪まで歩いて、食べ物を仕入れてきました。帰ってきて、調理する前に一眠りしたために着替えるの忘れちゃったのです。
 元日は、まずお雑煮、年賀状をパラパラっと見て、近く(3kmくらい?)の井草八幡宮までお参りに行ってきました。広い境内ですから、(それにこの群集はお参りの帰りの人)こんな感じですが・・・
 社殿が近づくとこんな状態、結局1時間ほど行列することになりました。
 3時間待たされて3分診てもらう、昔(今でも?)の病院をこう言いましたが、最後はこんな風に塊で入れてもらいました。
 でも最後はおでんとワンカップでご機嫌でした。結局6〜7km歩いたかな?
 「哲学堂」という公園があります。子どもの頃からこの不思議な名前の公園の存在は知っていましたが、どんなところか知ったのはこれが初めてです。何しろこんな趣旨の公園です。
 なんとなく外を「歩く」なんて習慣(?)が付いてしまって、北(練馬の弟の家)、南(荻窪へ食材買出し)、西(井草八幡)に言ったから今度は東(哲学堂)だということになったのです。
 この人がそうです。
 鷺宮の家を出てからなんとなく西に向かい、主人が来たことのある蕎麦屋に向かうつもりで川(妙正寺(?)川)の左を歩こうとして、左に行き過ぎ、お腹がすいてきても食べ物やさんがなく、二人でトイレに行きたくても(杉並区、練馬区ではあったのですが、中野区は少ないらしい)それも見つからず、道行く人に聞いたら「この公園にありますよ」、がとても大きな公園だったり、の末にやっとトイレにも食べ物(コンビニでおむすびその他)にもありつけて、哲学堂公園の日当たりのベンチで、食べました。俄かホームレスに見えたか、アベックに見えたか(それ同じ?)
 これ見ただけでは何やらわからないでしょ。
 これがそうです。中は不思議な構造になっているみたい。
 こちらは世界と宇宙を表した館。難しい名前のこんな建物やら色々たくさんあるんです。
 というわけで、いろいろ見てまわってから今度は全く違う道で帰ってきました。なぜか道にも迷わず、トイレにも困らず、順調に帰ってきました。
 東京森本家のお墓は家から西の方、小平(最寄駅西武線鷺宮から9駅)のところにあります。
あんまり遠いので、途中は上井草(駅のすぐ近くを通ったこともあり)で西武線に乗ってしまいました。これだけ歩いて、でも鷺宮から3駅めだったからか、30円しか安くないんです。主人は不平そうでした。
 小平の駅ではビールを買って、お酒が好きだった父と飲みました。
墓地の出口から少しのところにラーメン屋さんがあります。お墓にくると必ずそこでビールと、それぞれが食べたいものを食べます。うっかりしていたのですがここの餃子はとってもボリュームがあり、大満腹になりました。
 小平駅の近くには玉川上水(だったかな?)が通っていて、何十年だけ前にそれを暗渠にして自転車遊歩道になっています。どこまでもどこまでもまっすぐ続いていています。
 こんな案内板やら、小公園やらがたくさんありました。


2008年12月26日 年越しになる(?)雪 朝来山
 姫路はほとんど晴れ、市川あたりから雪が舞い始め、生野峠を越える頃は本降り、円山川沿いはあまり降っていませんでしたが、自然学校の朝来山は断続的にこんな状態です。
 この柿の木このページで前に(下にスクロールするといますよ)出ましたが、ほかの木の柿は殆どなくなっちゃってもたくさん残っていた木です。こんなに減ってしまいました。 
 ほかの柿たちがなくなっちゃったのは多分下は鹿、高いところは鳥に食べられちゃったため。残っているのは渋からでしょう。とすると、熟して渋みが減ったためでしょうか?それとも、他の食べ物がなくなって、仕方なく食べるためか?
 こんな感じ(直径3cmくらい)の小さな柿です。恐る恐るかじってみると(この前もしましたが)かなり甘く、この前より渋みも減っています。お正月を東京で過ごして、戻って(5日月曜)きたらもう殆どなくなっているのではないでしょうか?
 きんもくせいの枝です。花が咲くのは秋チョッと遅め、ちょうどこんな色の花です。こっちは春に葉になる芽(枝先は左)でしょうか。
 丸くてチョッと大きめ(1cmくらい)の芽もあります。
 山茶花も雪を被っています。年明けに帰ってきたら満開でしょうか?
 上を向くと雪を被ってしまうし、下を向くと花が見えないし・・・・・
 もう殆どしなびちゃって、カラスにも食べてもらえません。ここらで落ちて実生になって、芽を出したとたんに鹿に食べられちゃうのでしょうか?ぞの頃は他に食べ物がたくさんあって、見逃してもらえるのでしょうか?

2008年12月の巻A 大人と子どものエコセッション
 まず元気な太鼓から始まるんです。この頃みんなエコですよね。まだエコとエゴを間違える人いますか?それって「時代遅れ(おじさんのこと?)」ですよ。
 そんなある日のこと「兵庫県阪神北県民局」からかなり偉い人何人かが、やってきて「環境問題は子どもからやらなければ」「そんなフェスティバルをやりたい」「子どもたちに環境問題の活動をしてもらい、その発表、それに環境問題の論文を募集して表彰する」云々、そこでセッションに参加したり、論文選考の委員長になったりお願いしたい。
 といった経過で、企画の相談をしたり、選考委員会で議論したり、子どもたちの活動の話を聞いたり・・・・・の何ヶ月かがあって、今日はそのフェスティバルです。おじさんも珍しくよそ行きの背広とネクタイ、幕開けは猪名川源流太鼓です。
 小中の部に分けて、優秀賞、それに特色のあった一編を特別賞にしました。向かって左の男の子2人が兄弟でやった特別賞です。それ以外がみんな女の子だったのは発見です。
 環境ってものすごく広いでしょう。それが今はナニが何でも温暖化、それも二酸化炭素、そして正しい、悪いの二極化・・・・・・チョッと(半困り?)状態で臨んだのですが、結構ヴァラエティーもあり、楽しくやっていて、思わず引き込まれちゃいました。
 金かねかねの環境サミットよりも、楽しい人類の未来が(?)なんて思ってしまう一瞬でした。
 優秀賞の贈呈です。
 みんなで「環境川柳」を作って一人ずつ発表です。
 中学生はしっかりした発表形式です。トカナントカ楽しい(有意義な)一日でした。
 そして夜は東京から2〜3日きている主人とマンション同じ階の方をお招きして食事、シュウマイにサラダですが、楽しくやりました。

2008年12月の巻@

2008年12月12日
 今日は南但馬自然学校忘年会、です。
 最近(と言ってもここ数年)和田山に素敵な温泉ができました。温泉が効く効かないetcは体ではわからないのですが、ぬるからず熱からず(チョッと熱い浴槽が一つくらいあればもっといい)入って楽しい、そして食堂が楽しい・・・・(アッそうだあんまり高くない、その上今日は自然学校の西田さんが回数券を一枚おごってくれたので只)今夜の忘年会のあと泊るホテルに車を入れて、30分ほど徒歩で入りに行きました。
 ゆっくり入って、時間が少しあったのでつい気が大きくなって、宴会の前だと言うのにたっぷりの野菜てんぷらプラス生ビール中(これは西田君と無関係)をおごっちゃいました。
 楽しい宴会ほど写真が残りません。ほとんど食べ尽くしたお膳、にビンゴゲームのスコアです。
 結構参加(穴があいたの意)下にしては遅かったのですが、ビンゴになり、賞品の包みを開いています。そのあと正式二次会はカラオケ、そしてもう一つ飲んで、ホテルに行きました。
2008年12月13日 朝ホテルで目覚め、家に帰るだけ、時間があるので、道の駅で岩津ねぎ(知られざる名品)はたけしめじ(これもご存知あるまい)キャベツににんじん、スーパーで豚バラのブロックをを買い込んで、(昼間から白ワイン乾杯で)すき焼き(?)です。豆腐に糸こんにゃくはありませんが、野菜がご立派、ご機嫌です。
2008年12月14日 西はりま天文台天文講演会
 国立天文台の殿岡 英顕さんを迎えて「ひので」衛星 の観測成果などをかなり詳しくうかがいました。おじさんが天文学の道に身を投じたのは太陽の研究からです。アレから変わったような変わらないような・・・・
 もちろんあの頃から比べると夢のような性能、観測成果はBっ栗するような現象ですが・・・
 夕食はうどんです。チョッと一本のぞいているでしょ。目分量ですが40〜60g入れます。
2008年12月15日 今日は朝来山(あさごやま)の植物をとりました。
 この間お見せした柿、お天気の違いが一番ですが、角度に違いでこんなに見えます。
 霧で背景がぼぉ〜〜っと見えます。
 元は棚田、40年くらい前稲作を放棄して(木材需要で奨励された)杉に囲まれて小さくなっていた柿ノ木です。10年チョッと前杉を切ってキャンプ場にしました。日光を独占した柿は見る見る大きくなり・・・
 自然学校敷地の反対側1kmあまり離れた場所の枝に棗(なつめ)の実たちです。色が残っているもの、しなびて黒くなったもの、色々です。
 うしろの杉の木見えますか?
 山茶花(さざんか)です。順番に咲くのであまり満開っぽくありません。でも盛りになるともっと見事です。(白い雲みたいなものはレンズの曇り)
 ちょうど見ごろです。
 秋に橙がかった黄色い小さな花をたくさん咲かせ、甘ぁ〜い香りを振りまくきんもくせいの枝です。もう次のシーズンの用意が始まっています。どれかが花芽なのでしょうか?
 鹿に葉っぱを食べられちゃった背の低い木がたくさん見えませんか?よく見ると後ろに見える常緑広葉低木と似ています。鹿たちはチャンと見分けて食べているんです。ちなみに向こうは馬酔木(あせび、かなり毒性が強い)です。
 森の中、背の低い木の枝の間に、蜘蛛の巣(に違いないと思うけど?)です。折からの霧で小さな水滴がイッパイついています。
 同上、クローズアップ。不思議な眺めですね。
 近くの人たちが雨乞いに集まった「雨宮の森」、ここも霧の中です。
 小さぁなきのこたち
2008年12月16日
 自然学校に行ったら大きな宅急便です。送り主は自然学校の元同僚、でも、日本一おかき処播磨屋さんです。日本一はとにかく、年中観光バスが止まる、有名なお店、値段も味もひきつけるものがあり、おそばとお汁粉と餡蜜だけの小さな「食べどころ」も風格満点のかやぶき農家を移築した(お値段チョッと高い目ですが)レピーターいっぱいの人気店。
 何で今ごろ(クリスマスだけど)xxさんからこんな立派なプレゼント?
 こんな素敵な添状が入っていました。「へぇ〜〜っ」の内容です。
 えぇ〜〜〜っ説明チョッと長いけれど、退職される方にお餞別を上げるでしょ。おじさん、熨斗袋の中に、森から拾ってきた落ち葉(金色の塗料をスプレーして)を2〜3枚入れるんです。添状に「朝来山の狸に作ってもらった小判です。中に出来そこないがあったら人間界でしか通用しませんからご注意」と注意書きを入れます。
 荷物の添状はユーモアたっぷりですが、その小判たちが誰かにもらわれちゃった、代わりが欲しくて、明後日(20日)の餅つき会(南但馬自然学校毎年恒例です)に顔を出そうかと思ったが、行かれない。代わりにこのお煎餅を送る・・・・と読めそうな文章です。
 早速落ち葉を拾ってきて(あいにくの雨模様で濡れていて、恐る恐る乾かすのに数時間かかりましたが)スプレー(こっちも乾くのに時間がかかった)熨斗紙に「お年賀」と書いて、星まつりなどでおじさんがお店で売っているお菓子や素敵なサンダルなどを入れて、負けないくらいのユーモアの添状(こっちはプライバシーなので公開は・・・)を入れて、宅急便しました。あの頃からあこがれだったxx先生、お元気ですか?昨日くらいにはお手に入ったでしょうか?
 あっ肝心のおかきですが、大きな箱2つ入っているので、1つはみんなで食べるように、もう一つはおじさんがいただきました。
2008年12月17日 佐藤修二さん、(40年近く昔、おじさんたちが6m望遠鏡を作り、ミリ波の天文学を開こうと悪戦苦闘中奥田さんと一緒に赤外線天文学を始めて、もっと悪戦苦闘、もっと色々成果をあげたなつかしい人)ご来訪
 ここ10年間の更なる悪戦苦闘をご披露。これまた聞き応え
 佐藤さん「第1号機」(40年近く前)、現在は西はりま天文台に小屋を建てて収納、展示中)を見回ったり、いろいろ相談を持ちかけたり(こっちが狙い)そして夜は・・・・・・・
2008年12月18日 佐藤さんを平福にご案内
 昨夜のアルコールが完全に飛ぶまでは天文台で睡眠を補充し、近くの宿場町跡平福に出かけました。こんなお家を修理して見せてくれています。
 説明板
 見入る
 ピント今ひとつ
 星の都さよう、GESUIと読めます。
 ここはどなたのお屋敷かなぁ、立派だなぁ、修理するのかなぁ?この柿渋そう?
 景観も大切にしています。
 南天の実を畑に並べてあります。何かのおまじない?
 お昼は道の駅で結構メニューは素敵で二人とも迷ったのですが、結局二人とも山掛けそばをいただきました。結構満足しました。
 あぁ〜〜〜っなくなっちゃいそう。そして姫路市内は野里駅(おじさんのお家最寄)で下ろして終わりです。
 いろいろ作ったり、観測したり、一方理論はもう一歩先んじて・・・・40年前の日本の天文学でした。その中で、芽が出るか出ないか、皆さんから希望の星、非難の的、心配の種・・・・にしていただいていた、同じような分野、あとの40年も波乱でしたが、


ここから2008年10月

2008年10月27日おじさん自動車走行距離
 今朝おじさんの車が155155キロになりました。時計の数字も155に合わせて写真をとりました。この次は155555キロで5時51分、時計をごまかさないで狙います。メーターも汚いし、チョッと準備不足でした。
 トモカク車を買ってから10年で155155kmです。

2008年10月26日おじさんの朝ご飯
 ここのところ久しぶりで大石さん(野辺山で長く同棲した)がやってきたり、なぜか自宅でも外でも暴飲暴食、体重2kgほど上がっています。そんなわけがあるのかないのか今朝はキャベツともやしの炒めです。スーパーのキャベツ売り場では大きな段ボールが置いてあって、外側の硬い葉っぱが捨ててありますね。そんな中から3〜4枚いただいてくるんです。
 チョッと反半焦げくらいに炒めてもやしを入れてさらにさっと炒めます。歯ざわりたっぷり、キャベツって結構カロリーあるし、楽しい朝食です。(お客には出しません)
 でもご注文あればご馳走してもいいですよ。

2008年10月11〜13日石川星まつり
2008年10月8日凄いご馳走自然学校一日講座
 兵庫県か30人ほどの先生方に集まっていただいて、「自然学校一日講座」半日講義半日実習です。午後2時間ほど外を回って、「秋」を題にいろいろな植物を集めてご馳走に仕立てます。
 おすしですね、うにといくらと・・・・・
 これは何でしょう。
 こっちはヌードルでしょうか?みんな結構がんばりました。


2008年10月6日竹田城石垣
 日本一の山城石垣遺構、今朝はよく晴れました。石垣上に紅葉しているのが桜では?

2008年10月3日近畿青少年教育施設の会(2日目)
近青協第2日目、紀伊半島は和歌山、地図で見ると左の突端の加太、昨夜第一日目の青少年施設の会がありました。そんな場所ですから目の前の四国まで、中くらいの島が一つ、そして淡路島、と島伝いです。二つの島は航海の潮待ち風待ちなどに大いに利用されたそうです。当然有名な港町、海運の神様を祀ったお社があります。
加太の町の歴史の先生が「語り部」を勤められ、みんなでお参りしました。そんな場所、当然広く信仰を集めたらしく、たくさんの「生き物」関係のお人形(身代わりということかな?)が、お供えしてあります。
社殿の下はもう完全に密集いっぱい、回りの森にまではみ出しています。縁下は牛や蛙などいろんな動物です。壮観でした。お社の名前、昔から同じなのですが漢字の書き方の変遷の歴史から時代の変化が読み取れる、などなど印象的なご案内をいただきました。
続いて中間の島「友が島」に渡ります。こちらにもお社がありますが、もっと大規模に目に付くのは点在する砲台跡です。どのくらい役に立ったのでしょうか?
立派な灯台もあります。こんな立派なものが立つ前も、「灯をともす」にふさわしい、菜種油か何かの灯台が、人々の命を救ったのでしょう。
といってもおじさんの関心はもう一つありました。ここは兵庫県は明石の真南、135度の子午線が通っているはずで、子午線モニュメントがあるはず・・・・・・この灯台から近いはずなのですが、違う方向に歩いてしまって見つかりませんでした。
http://www.h2.dion.ne.jp/~kazuf/sao/135e/wakayama.htm#01 と回りの記述がとても面白い。
一行あけ
2008年10月3日和歌山大学観光学部に遊ぶ
昔西はりま天文台で一緒だった尾久土(おきゅうど)さんが和歌山県の三郷天文台の台長になられ、いろいろご活躍(楽しくてアクセントのある活躍、「評伝」が2〜3種類あってもよさそう)今は和歌山大学観光学部の目玉講座の主宰、電波天文学を看板に、いろいろご活躍です。
そんなところですから、おじさんとしては素通りできません。そんなお久土さんですから学生、ボランティア的なスタッフや取り巻き、学内外のシンパやファンも集まります。結局はこんなことに生るのですが、楽しく有益な訪問でした。
こんな写真も何枚も撮っていただきました。おじさんがほどよくまわったものを一枚。
2008年10月2日近畿青少年教育施設の会
 どこかでお話しましたが、南但馬自然学校が入っている全国青少年教育施設の会の近畿分会みたいなものです。幸運にも南但馬自然学校が会長を出す順番、おじさん会長なんです。今日は運営研究会、つまり、会の運営上のことを考える議論と、研修などを一晩とまりで和歌山県の施設でやる事になっていて、東さんと一緒に出席です。
 まずは会議、全体の組織的な問題については1年半ほど前に青年の家の会と少年自然の家の会が合併して、青少年教育施設の会になって半分以上おさまっていますが、経営母体である自治体の財政難、教育界の学力騒ぎで自然の家どころではないなどなどによる民間委託旋風やスタッフ削減などが共通話題です。
 結構いいアイディアで面白くやっているところがあったり、愚痴合戦になってしまったり・・・・でした。かく言うおじさんは同行の東さんが関心を持ってくれていて、その影に隠れていて何とか無事に済みました。
 第2部(午後)は工作です。施設の敷地内からとってきた竹を素材に蟹作り、こんな道具をもらいます。
 足を切りそろえたり、はさみを作ったり、目を作ったり、それぞれ角度をそろえて接着したり、今晩の懇親会のおつまみにどうでしょうか?  続く

2008年10月1日:自然学校稲刈り、
 春に田植えをしてくれた芦屋市立宮川小学校が、稲刈りにきました。幸いお天気もよく、みんながご機嫌、午後にはお芋掘りまでして、重そうに帰って行きました。
 近くの農家からお借りした田圃、何から何までの世話までお願いし、田植えと稲刈りだけやらせてもらっている、その田圃に5年生全員が入って稲刈りです。
かなり進みました。一部の子はもう落穂拾い。
田植えの後、みんなでお弁当を食べて、それから芋掘りです。これ、収穫です。リュックいっぱい、帰りのバスに乗り込みます。