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大腸検査の凄ぉ〜〜〜い後日談
9月11日の腸管、じゃなかった朝刊の記事です。忙しい方は青い点線内を見て下さい。
@腸に穴があくA2リットルをゆっくり飲むB死ぬのは70〜80代そのAがおじさんの飲ん
だ奴です。マァ、1800万人に6人ですから、おじさんには命中しなかったのでしょうね。
脳 出 血 ?
7月はじめ、シドニー出発の直前、右手右足の皮膚に微かなしびれ(チクチク)を感じました。
左足の腿のあたりにも同様なものがあるのですが、これは腿の付け根の神経が肥満等が
原因でブロックされている、ということで20年来付き合っている現象です。感覚としてはそれ
と同じなのですが、手足同時、というのが気になりました。原因がもっと上流にあるのでは
ということでしょうか。胴部と頚のMRIを取ってみよう、ということになりました。
実は3年前、これも外国旅行と関係するのですが、プラハのホテルで夜トイレに行くときに
軽く足がもつれました。昼間市内観光の間、チョッと言葉がもつれました。どちらも(齢のせ
い?と)普段なら見過ごす程度菜のですが、一緒、というのが気になり、MRIを取ってみた
のです。見事に脳出血の痕が写っていました。
検 査 は ?
MRIって大きな機械です。ジェネラルエレクトリックのマークがついています。手前のベッドに
仰臥して、頭、頚などをテープで固定し、ベッドが持ち上がって、真中の穴の中に頭が入って
行きます。
穴のまわりからはいろいろな機械が出てきて、肩のあたりまではすっかり閉じ込められてし
まいます。
検査は30分あまり、ひっきりなしにカチカチ、とかブゥ〜〜ンだとか、それも耳をつんざくような
音がしていま酢。耳に蓋がしてあって、そこからトルコ行進曲(モーツァルトやピアノを弾いた
人がこの検査を受けたらなんと思うかな?)流れたりしていますが、何の足しにもならない位
のな大音響です。そんな中でもおじさん断続的に眠っちゃうから不思議です。
そして結果は?
左の大きい写真が3年前にとったおじさんの脳のある断面写真です。@がその時の出血痕、
血液内の鉄が共鳴して写っているのですって。今回はAの様に黒く写っていますが、死んだ
脳の部分に水分が多くて、共鳴が弱くなっている、というこどだそうです。脳の中のあちこち
にぼぅ〜〜っと白く写るもの(右下写真のB)は軽い虚血の痕で老人にはみんな何ヶ所も
ある、頚動脈に細くなた部分(右真中の写真C)は小さな血栓をつくっては流し、血管に詰ま
って血流を阻害するが数分で溶けてしまうのであまり気づかれない、などなど説明をもらいま
したが、「今回の原因は?」にたいしてはどうも見つからないんで拗ね。
オーストラリア旅行にノートパソコンを、世界中にアクセスポイントのあるプロバイダーに入れ
て、持っていって、メールで重宝したのですが、時々止まっちゃう事故がおきるんです。これも
「時々起きる」「ハッキリした痕跡がない」で「しばらく様子を」になってしまいました。
首の上に座っているコンピューターも同じ結(血?)論みたい。
5月14日(水) 大腸内視鏡検査結果言い渡され
先日の大腸内視鏡検査、今日がその結果を言い渡される日です。おかげで今年は誕生日を
おぼえていました。前の晩から「明日は誕生日」なんて子供のとき以来じゃないかしら。お誕生
日と関係するかしないか、ミルクたっぷりの紅茶、浅漬けはくさい、胡瓜とトマトに炒め豚とベー
コン入りチーズ(一昨日のお客のお持たせ)そして上手に焼けたトーストで勇躍車に乗り込み
日赤に急ぎます。
チョッと込んでいたりで、着いたのは予約の9時の10分前、でも、何てテキパキ行くのでしょう。
「先生さよなら」が9時10分、こんなに色々もらった挙句、会計などなど全部済み、が9時20分、
駐車場を出たのが9時15分でした。
検査の結果は悪性の組織はなし、そして「ポリープの場合は一応手術をおすすめしています」
がご託宣でした。oj「まぁチョッと考えて見ましょう」医「そのお話をするのをいつにしますか?」
「私の外来診察日は水と木です」「6月11日はいかがですか?」てな調子で6月11日にもう
1度日赤に行くことにしました。ご楽雅樹帖での活発なるD討論をお待ちして井枡。
大腸内視鏡検査をします
実はここの所、便の出方がチョッと変化したので、行きつけのお医者に話したら「大腸内でポリ
ープ等が大きくなると便の通過を邪魔したりしてそのようなことは起こり得る」ということで紹介
状を書いていただきました。何やかやで遅れていたのですが、今日日赤に行ってきました。
検査施設の空き、胃腸関連の先生の都合等を勘案して4月23日(水)が検査日になりました。
前日夜7時には夕食を済ませる、「それ以後は固形物、固形物が入った液体(実入りジュース
等)はだめ」「それなら漉したものや蒸留したものはいいのですか?」しばらく眼をパチクリさせ
てそれからきっぱりと「アルコールはダメです!」
朝出かけに緩下剤、病院に着いてからは10〜15分おきにコップいっぱいの下剤をゆっくり飲
んでいきます。そしてすっかり腸が空っぽになると便が無色の水になるのを待ち午後1時頃か
ら検査、といった具合です。
この検査ってものすごく苦しくって疲れるんですよね。でも、画面が見られればとっても面白い
んです。やってくれるかなぁ?
そして結果の言い渡しは5月14日(水)です(同じ曜日なのは同じ先生の診察日だから)。
それではお楽しみに!
夜9時からの献立「緩慢下剤」
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これが夜9時からの |
そして当日
4月23日 いよいよ検査で酢
まず問診兼説明に来られた看護婦さんにビッ栗です。「先生おぼえています蚊?目の手術のと
きにご一緒した○○です。今日は私が係りです」おじさん「前の手術のときは全身麻酔だったけれ
ど、こんどはモニター見えるようにしてもらえないかなぁ?」もっとビッ栗は、その看護婦さん検査
の始まりに「XX先生の紹介状ですよ」検査の先生「XXさんとは子供が中学の同級で・・・」
他の患者さんと一緒に待合室に入ります。そこでこのデッカイ瓶を渡されるんです。「腸内を
きれいにする薬です。2リットルありますが、約10分に1回、コップ1杯ずつ、ゆっくり飲んで下
さい。水のような便が出て、すっかり透き通ってきたらそこで報告してください」
いよいよベッドで・・・・・・
兵庫に来たばかりの頃(4年位前?)同じ検査を受けたことがありましたが、とっても苦しくて、検
査後しばらくは口もきけないくらい、更衣ロッカー室の隅のベッドで横になっていたのを思い出し
ます。今回はそれに較べると比較にならないくらい楽でした。その上、モニターは大型(写真)で、
検査のために体の向きは制限されますが、時間にして2/3くらいは何とか見えるし、先生もこち
らの質問以上に説明してくれるし(看護婦さんの話したホームページをある程度意識された?)
個々の操作の時間、結果として全体の時間も負担もずっと少なかったと思い鱒。
「回ぁわり灯篭ぅの画ぇ〜〜のよぉ〜にぃ〜〜」という唱歌覚えています?管の出し入れはまる
であんな風です。空気が入りすぎるとまわりが圧迫されてちょっと苦しくなりますが、管の出し入
れもしにくいらしく、おなら(実際は吹き込んだ空気)が出るとカメラはスムースに動きます。景色
もこれポリープかな、この部分はひだが大規模、なんてわかります。
看護婦さんが2m半位のケーブルを隣の部屋からもて来て先生の手元でごちゃごちゃやってい
ると、大抵は5秒くらいで画面に先っちょが出てきます。シャベルの先みたいなものが2つついて
それで挟んでポリープの一部を採取します。腸壁には感覚ってないらしく、引っぱったりちぎれた
り、そのあとに小さく出血したりで、痛みなどは何も感じません。
盲腸の入り口(中から見れば洞穴に見える)も見せてもらい、結局小腸の入口から10センチくら
いまで「楽しく」「見物」させてもらいました。凄く面白い!が印象です。そのうち「患者用モニター」
と説明用のマイク付きの機器も売り出され・・・・・なんて世の中になるのでは?
写真も結構いろいろいただき、「ホームページ見ますよ」といわれて検査室から送り出されまし
た。いろいろな説明、全部は覚えていませんが、画面と対応してそれなりに興味深いものでした。
おじさんのサイエンスツァーで、みんなが内視鏡を飲む、なんてのは悪い冗談かな?
近くのラーメン屋さんまで歩き、ラーメン、餃子(プラスちょっとビール)を食べながら電話でタクシ
ーを呼び、優雅に帰ってきましたが、さすがにやっぱりくたびれていて、写真を一枚HPにのせた
らそのまま寝ちゃいました。夜はK田さんがレハビリの手伝いに来てくれました。
説明長すぎたかな?
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小 松 左 京 さん御 来 襲 2003年3月1日
発端
黒田さんから「小松左京さんが姫路に来る、飲まないか」と連絡が入りました。もちろんOK飲み仲間の
明珍さん夫妻も誘って、黒田さんが設営、話はとんとん拍子でした。
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姫路出身の和辻哲郎さんを記念した文化賞 があり、受賞式の記念講演で小松左京さん が姫路に来られるんです。 話題は何と「宇宙と文明、宇宙と人間」 小松さんご贔屓の黒田さんが飲み会をセット してくれました。鹿児島空港でお土産を買い 込みました。 左側上から「むらさき芋チップス」「薩摩きん つば(中身が黄金、むらさき、だいだい三色 の芋餡になっている、切り口がとってもきれ い)」「春駒(春の元気な馬を表現)」「かるか ん(桃の花で飾ったおひな祭り用)」そして右 側が「げたんは(パンのようなものに黒砂糖を 侵ませた油菓子、下駄の歯に似ている)」 いずれ劣らぬ甘さ、いずれ劣らぬ甘党の飲 み会参加者全員を虫歯にできます。 |
話はあっちへ飛びこっちへ飛び、演壇で付き添いの順子さんが度々メモを渡すのですが、ついに
最後まであっちへ行きこっちへ行き、まぁ、いろいろ考えてみると、風土と人間、風土と文明、と
いった話題を中心に幅広く、話が飛んだ、とても楽しい講演会でした。
そのあとの宴会は姫路工大前学長の白子先生も参加、ここでも話題は広く、あっちに飛びこっち
にとび、でしたが、そこで話題に出てきた人が明珍、白子、K田とどこかで親戚や仕事でつながっ
ちゃっているのはびっくりでした。
左京さんは富田勲さんと仕事をされたとき、富田さんが火箸で音を出したので、初めてでも明珍さ
んのことはよく知っていました。
風 邪 顛 末 樹 2003年2月19日前後
発端:2月19日19時30分
ここの所またまたご乱行続き、最後の追い討ちが2月18日日フィル鹿児島公演でした。19日
姫路への帰途、鹿児島空港でねぎラーメンにキムチをタップリ入れてもらったのが、何となくも
て余し気味だったのを「オヤッ」と思ったのが始まりでした。
姫路に帰り、お風呂に入って一眠り、気を取り直し、チョット浅漬けでも、と思って用意を始めると
いかにも動作が鈍くて気分よくないんです。浅漬け用意の最中に長年使った便利なセラミック
の鍋を壊してしまったり、ゾクッと寒気がしたりで、熱を測ると37.8度でした。鍋は二つのうち
一つが助かりやれやれ、薬を探したら葛根湯があったので、飲んで寝ました。(19時30分)
効いた? 20時30分
しばらくして目が覚めました。20時30分、いくらも寝ていませんが少し気分はよくなっていま酢。
0.1度ですが熱は下がっています。さっき一緒に測った血圧もやはり意味ない程度ですが下が
りました。気分が少しでも治った間にと思って、うどんを食べました。食欲一人前、料理も楽しく、
これやっぱり治るのでは、なんて思いました。
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実は11月にも同じようなことがあっ たんです。大乱行が続いた後、藤原 誠さんのお宅でまたまた飲んで、同 じように気分が悪く、翌日は自然学 校で行事があり、帰りに薬屋さんで 買ったのがこの葛根湯、明朝お医 者が開いたら、なんて思いながら飲 みました。熱はもう少し高く、しかも 気分悪くなってから飲むまでがずぅ 〜〜っと長かったのです。 夜中に目が覚めるたんびに熱を 測ると、少しづつですが下がっ ています。これも11月と同じ、 |
平熱回復 翌朝
夜中中下がりつづけた熱は朝になるともう「平熱」レベルです。食事してお医者に行きま舌。
葛根湯問答
お医者で熱を測ると更に下がっています。結局「治っちゃった」み逮。お医者さんも「予後」みたいな
お薬を下さいました。そこでおじさんとお医者の問答:
お「葛根湯ってこんなに劇的に効くんでしょう金?それとも自力?」
医「多分自力でしょう」・・・・そして一呼吸置いてから、
「しかし昔から使われている薬ですから、やっぱり効くのかもしれませんね」
お「この前のときと2回、もう葛根湯信じてしまいそう」
午後からは消防演習
午前中はそれでもおとなしく自宅で、午後からは職場研修があるので南但馬自然学校へ出勤です。
先ず、消防演習、折からの雪の中で酢。おじさんは「検分役」タップリ雪にあたりました。そのあと打ち
合わせがあり、最後に22〜3日にある親子体験フェスティバル向けの望遠鏡操作練習、こっちも寒
いところでおじさん主役でした。そんな楽しい時間も顧ず、風邪のばい菌さんたち、どこかに行ってし
まいました。 風邪さんおじさんをチョット食べてみたけれど、きっと味が悪かったのでしょう。
3年位前までは殆ど風邪って引きませんでした。その代わり、引けば大騒ぎになっていました。ここの
ところ、超小さい風邪を2回続いて引いたのは、としのせい?
大腸検査後日談 頭部MRI検査 大腸検査 4月23日検査風景 小松左京様御来襲 風邪をひきました このページのトップ |