ペルー旅行目次
@再会 A2日目移民百年 Bひたすらバスで Cナスカ
D飛行機、地上絵
2008年6〜7月チリペルー旅行ペルー編工事再開8年10月10日クリック
6月28日の夜ペルーはリマ空港に到着です。
 チリ大旅行の後夜中の便でペルーはリマ空港に着きました。チリからの仲間、日本から直接、ペルーでお出迎えの石塚さん家族や関係者ごった返した空港ロビーの中でその上ごった返した一角を形成していました。真中が(もちろん)石塚さん、手に持っているのは4本足の杖です。海部さんと3人でとりました。
 主人と石塚夫人をはさんで(夫人とは何年ぶりか)

 朝食を食べるとバスに乗せられます。どこに行くのかと思うと、(スケジュールとよく見ている人はわかっていたのですが)今日は土曜、週末はペルーの観光が主なんだそうです。
 海岸の近くに来たり少し内陸に入ったりを何時間か行って、港町に着きます。海に突き出した岩山には大きな鳥(ペリカンかな?)がたくさんいます。
 止まったのはその港の桟橋の近く、なにやらきねんひのようなものがあります。日本移民上陸100周年を記念してペルー日本人海が立てた記念碑です。石塚さんは52年、もう半分になっておられるんです。
 碑のおもてのアルファベットを英語らしく読んで無理矢理訳すとそんな趣旨が記されているみたい。
 近くのこんな建物に寄ります。これがそれを記念して建てられたお寺だそうです。中は大きな拝殿(?)のようなつくり、そして壁には記念になるような写真が飾ってあります。
 あっその前に拝殿の入り口、まぁ、あんまり日本のお寺風にはできなかったのでしょう。右の少女像の意味は・・・・・
 扉の上の額は慈恩寺
 総本山から送られてきた勅許状(見たいなもの?)ありがたやありがたや
 それに100年前の移民船、佐倉丸の写真。港の名前も記念碑にありましたよね。

 さらに海岸通を南下し、「地上絵」で有名なナスカを目指します。
 海岸線を南下、右の窓から見える遠くは海のはずです。かすかに盛り上がっているのは岩山か砂山か、ちょっと植物も生えているみたいですね。手前の横一本の白い線は大規模な養鶏場。どこまでも細長いんです。
 やっと着いたのがホテルドゥナス(砂丘)、海岸リゾートのデラックスなホテルです。
 まっすぐの道がどこまでも続きます。風がないので日差しはなくても遠くのバスが浮いて見えます。 
 拡大するとこんな具合、何か前にオーストラリアに行ったのを思い出しますね。
 途中岩山の部分がありバスとすれ違います。
 岩山が切れるのはアンデスの方から川が流れ出してきている部分、そこだけは緑があり、農作物も作られています。両側は岩ではなく、岩山から流れ出した土石流ではないかな?
6月30日ナスカ入り「ナスカ」って?
もちろんご存知、「地上絵」で有名ですよね。
ナスカの地上絵 - Wikipedia ナスカの地上絵
 ナスカの町に入り、一晩泊まって地上絵に関する博物館を見ました。地上絵を詳しく研究したらいへ産の研究や遺跡に関する展示が豊富です。遺跡の一部を復元して展示してあったり、花もきらびやかです。
 復元した遺跡の水路、同行新田さんのお嬢さん。
 こんな花が所狭しと植えられています。日差しが強くてコントラスト着き過ぎ・・
 こんな展示もまじめに見ましたが・・・・
 千何百年前のとうもろこし
博物館にはライへさんの研究とかいろいろあったのですが、どこかにファイルが流れちゃって見つかりませんゴメンナサイ。
 
いよいよナスカの地上絵です。飛行機に乗って。
コンナ小さな飛行機、助手席は新田さん
何十キロもある広い砂漠のいたるところに水の流れたあとがあります。しょっちゅう流れているのでしょうが、何百年で洗い流したり土砂が被ったりはしないみたいです。模様のようなものも写っています。薄かったり幅広かったり見えている線たち(の少なくとも一部、多分大部分)はいわゆる[地上絵]でしょう。博物館の主だったライへさんはその方向や角度に意味があると考えて、「LINES(直線たち)」と呼んだそうです。
なすかで時間がかかって、ICA(以下、リマ南方200kmくらい)郊外の「教育用天文台」建設用地に着いたのはもう夜9時ごろになってしまいました。寒いところを待たせてしまったイカ大学長(地球物理研究助長)と石塚ぺぺさんが式を開きます。
寒い野外で式です。
地鎮祭は穴を掘って石とコンクリートを入れるんです。なんかかっこいいですね。
一人一人石を入れたり、シャベルでコンクリートを掬って入れたり
イカの日本人貝の祝賀会が待っていたはずなんですが、あんまり遅くなったので、代表の方と食事をしました。それでも和やかに・・・